広瀬すずがNHK時代劇「桶狭間 OKEHAZAMA~織田信長~(仮)」で、「濃姫」を演じることが発表されました。
「篤姫(あつひめ・のうひめ)」は織田信長の妻。
これがこれまでのドラマ、映画、漫画、小説などで描かれてきたことですが、実際は信頼できる資料がない上に、様々な説が飛び交い、今でも多くの謎を残す人物が「濃姫」でもあります。
その実像をどのように掴んでいけばいいのか?と考えたときに、彼女の周囲の人たちは誰だったのかと言うところを見ていくことで、いろいろなことが見えてくるのではないかと考え、ここでは「篤姫」の人物像に迫っていきます。
まず、父親とされる斎藤道三は「藤原北家日野家」の「松波家」の血族で、この「松波家」は「地下家(じげけ)」と言う「家格」です。
「松波家」は先祖代々「北面武士」の一族だとされていますが、この「地下家」は「天皇の住まいである清涼殿に上がることのできない人たち」のことで、下級貴族とされています。
〜以下北面武士 – Wikipediaから引用〜
院御所の北面(北側の部屋)の下に近衛として詰め、上皇の身辺を警衛、あるいは御幸に供奉した武士のこと。11世紀末に白河法皇が創設した。
中略
当初の北面は近習や寵童(男色の相手)など、院と個人的に関係の深い者で構成されていたが、院の権勢が高まると摂関家に伺候していた軍事貴族も包摂するようになり、その規模は急激に膨張した。
中略
江戸時代には地下の世職は局務(大外記上首:押小路家が世襲)・官務(左大史上首:壬生家が世襲)・蔵人所出納(平田家が世襲)が、それぞれ外記方・官方・蔵人方の世襲の諸役人を管掌し、朝廷の各種行事の運営を司った(催官人)
〜引用終わり〜
斎藤道三の母親は不明とされていますので、ここで、篤姫の母とされる「小見の方(おみのかた / こみのかた)」の血族を見ていきます。
小見の方は「明智家」の一族で明智家は「清和源氏土岐氏」の支流とされています。
「土岐氏」はいわゆる「侍」として、その「トップ(頭人)」にも名前が度々出てくる一族です。
少し乱暴にまとめると、「濃姫」の血族はどちらの家も「地下家」の「その他」に記載されている人たちで、「並官人」か「下官人」と言えます。
〜以下地下家 – Wikipediaから引用〜
催官人の3家以外の地下家の官人は、並官人と呼ばれ、更にその下には儀式などの際に雑用を担当する下官人と呼ばれる人々がいた。並官人は六位から立身するのに対して、下官人は七位もしくは史生から立身するのが通例であった。下官人は一種の「株」の形で身分を売買することが行われ(表面上は買主が売主の養子に入る場合が多い)、また必要な人員確保を理由とした官司による取立も行われたため、京都や周辺の商人や農民が社会的身分の上昇や生活の糧(仕事)の獲得などを目的に地下官人の身分を得る例もあった(催官人は官司からの地下人補任の申請があれば、ほとんどの場合そのまま受理していた)[4]。 下官人は江戸時代後期の朝儀再興に伴う人手不足を補うために増員され、『地下次第』によれば延享5年(1746年)には73名であったものが、寛政8年(1796年)には110名、嘉永2年(1849年)には170名に増加している。
中略
その他
検非違使、楽人、滝口、近衛府、院司、陰陽寮、内膳司、御厨子所、上下御倉、画所、 摂家、宮家、清華家、大臣家、一部の羽林家、門跡などの諸大夫、侍
〜引用終わり〜
ちなみに、斎藤道三は「藤原北家」を名乗っていて公家の「藤原家」と同じだと誰もが考えると思いますが、その実態は全く違うと言えます。
天皇と近くした公家の「藤原氏」はいわば、生粋のセレブ。
それに対して武家の「藤原氏」の支流は、公家の藤原氏への「憧れ」や「公家に近づくため」に、様々な方法を駆使していたようです。
その一つが「家紋」に「藤原氏」の家紋である「藤」を使うと言うことでした。
「遠藤」が「遠州の藤原」、「武藤」が「武蔵の藤原」と言うことは聞いたことがあるかも知れませんが、このような名乗り方をしたのは、本流の「公家の藤原氏」ではなく、公家には絶対になれない武士系の藤原氏の遠い血族たちだったようです。
彼らが自分たちの家を「すごい一族」とするために、「藤原氏の「藤」を苗字に使い、家紋にも「藤」を用いたと言うのが実際のところでした。
反対に言えば、「藤原氏」は、当時の社会の中で相当な「雲の上の存在」でもあり、現代で言えば、天皇家から勲章をもらったすごい人のような存在と言えるかも知れません。
公家と武家との関係がよくわかる以下の記事もぜひ参照にしみてください。
◯家紋「下がり藤」の意味や由来の解説。苗字や家柄・ルーツや家系などを徹底網羅|家紋epsフリー素材の発光大王堂
北面武士も侍も、今で言えば「警備」がその仕事内容で、他の言い方をすれば「ボディガード」です。
そして服部半蔵などで知られる「忍者」も、戦乱期ののちは戦闘活動ではなく「江戸城の警備」をしていたそうなので、服部家も同じ「下級武士」と言う位置づけなのでしょう。
〜以下忍者とは!? | 日本忍者協議会から引用〜
忍者の歩み 天正18年(1590)8月1日、徳川家康が江戸に入府すると、伊賀者・甲賀者は江戸城下に住み、大奥や無人の大名屋敷などの警備、普請場の勤務状態の観察などを行うほか、寛永初年(1624)ころまでは隠密としても活動した。
〜引用終わり〜
ちなみに今作の脚本家は、広瀬すずが主演した100作目の朝ドラ「なつぞら 」で脚本を務めていた大森寿美男。
さらに、長谷川博己主演の「麒麟がくる」で、沢尻エリカの代役として「濃姫」を演じている川口春奈と広瀬すずには「サッカー」と言う共通点がありました。
さらにさらに広瀬すずと川口春奈の二人にはこんな共通点も。
フジテレビ系列や日本テレビ系列との関係が深かく、主要株主である局が多いと言われる「JFN系」のラジオ局のTOKYO FM(トウキョウエフエム)の「SCHOOL OF LOCK!」という番組がありますが、この中の「GIRLS LOCKS!」で二人ともパーソナリティとしていました。
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